月夜見 “たとえば? たとえば”

         *「残夏のころ」その後編


そろそろさすがに、
朝晩は長袖にジャンパーか何か引っかけないと、
寒くてしょうがなくなって来た感じで。
兄ちゃんが5丁目の○○さんとっからの仕入れを手伝えって、
朝早くから叩き起こしに来やがってよ。
小型トラックで乗り付けて、
荷台へよいせよいせって、
キャベツや大根、ホウレン草に小松菜にって、
きれいに洗って束ねてあんの、片っ端から乗っけてって。
おばちゃんもおじちゃんも早起きだねぇって、
エースが気安く話しかけてるの、
母屋の陰からこっそり眺めてる女の子がいたけれど。
ああ、無理だぞ、エースに惚れても。
兄貴ながら、ホンットに鈍い奴だって知ってるからさ。
毎年毎年、春休みじゃ夏休みじゃに、
臨時で手伝いにって入って来るバイトの子からも、
必ず惚れられてっけどよ。
今までに一人も、
それらしい付き合い始めた人っていなかったもんな。
更衣室とかで、こっちにも聞こえてんぞってノリで、
あの人カッコいいって話ししてる子だったら
日頃のバイトにも結構いてサ。
でも、やっぱり決まった人ってのはいないんだもんな。

 “…もしかして、男の嫁が来たりすんのかな。”

そういや、男のダチばっかだもんな。
配達のおっちゃんとか搬入のおっちゃんとか、
ガッコ時代からの友達も、全部全部 男ばっかだし。
モテるのに何でか、家まで連れてくんのは男ばっかでよ。

  …………………………? ああ、でも。

エロビデオとか貸し借りしてっからそれはないか。
シャンクスからも、
お前の趣味は渋すぎんだよなって言われてて、
ルフィの前ではそういう話禁止って、
ウチの父ちゃんから言われてたっけ。

 「…ううう、寒いなぁ。」

トンボはとっくにいねぇし、
草むらの虫の声も気がつけばもう、聞こえていなくって。
もうすぐ冬か。何か秋ってなかったも同然じゃん。
毎年パートのおばちゃんとかと、
秋にはバーベキューの会とか開くんだけど。
あんまり暑くて出掛けるどころじゃないねぇって言ってたの、
あれって十月の初めじゃなかったか?
今度は寒すぎで出掛けるのはちょっとねぇってなってるしよ。
忘年会まで、そういうのは無しだな、こりゃ。

 「…………。」

いや別に、騒ぎたくって言ってんじゃなくて、
季節感がなくなったなぁとか、そういうことをだね。

 「ルフィ、おばちゃんから差し入れだぞ。」
 「おお…って、熱ちぃぞ、あちちっ!」

荷台が野菜で一杯になったんで、助手席に移ってた俺へ、
エースから ほいと手渡されたのは新聞紙にくるんだ焼きいもで。
そうだ、ここのお家ではさつまいもも作ってて、
しかもそれが、

 「ふわ、凄んげぇ甘〜いvv」

切り口から蜜が出るほど、凄い糖度が高いさつまいもなんで、
あっちこっちから引っ張りだこなんだけど。
おじさんもおばさんも、
孫の何とかちゃんに食べさせる分しか、
今は作ってないんだって。

 「帰んぞ。」
 「うん。あ、おばちゃん、これありがとな〜vv」

ほふほふ、超ご機嫌になって焼き芋にぱくついて帰る朝の道。
寒かったのも一遍で吹っ飛んでって、
嬉しかったけど。
ちょいと調子にのっちゃったか、
うううって喉に詰めかかる。
そうなると判っていたのか、
しょうがない奴だなって笑いながら、
エースが ほいって渡してくれたんが、
ペットボトルのスポーツドリンクで。

 「ううう、ありまと。」
 「いいってことよ。」

エースに言わせっと、
何やっても面白いから俺って構い甲斐があるんだと。
俺にすりゃあ、何だそりゃな言われようだけど。
………う〜ん、否定はしきれねぇってか?


 「…………………。」
 「どした?」
 「え?」

  「なに、お前最近、時々黙りこくってないか。」

   え?

  「じっとしてるなんて5分ももたなかった奴がよ。
   何を見てだか、ぼ〜〜〜っとしてる時があったり。
   そうかと思や、うーうー唸ってたりしてよ。」

   ええ? うそうそ、そんなんしてねぇって。

  「してる。…つか、声が出てねぇぞ、お前。」
  「じゃあ何で通じたんだ、今の。」

お前の兄貴を何年やっとると思うか、なんて。
妙なこと言ってカラカラ笑うエースだったんで。
むむうって唸りつつも……ええっとって、
心当たりみたいなところを、
あのな内緒だぞって、話すことにしたんだよな。

 「あんな、例えば。例えばだぞ?
  エースが俺より年下の嫁さん貰ったとしてだ。」
 「うんうん。」
 「その人は俺のお姉さんになるワケじゃんか。」
 「そうだよな。」
 「だとして、だ。俺はその子へ、
  やっぱ“ですます”で話さないといけないのかなあ?」


  「……………………………………はぁ?」



      ◇◇


丁度信号が赤になった間合いだったので、
妙なことを言い出した弟のほうを見やったれば。

 「〜〜〜〜。/////」

本当に微妙ながらも、目が泳いでいたりするもんだから。
ああこれは、本人は頑張って言ってみたらしいなというのは、
エースの側にも判ったけれど。

 「……………あのな。」

何を言い出すかと思えばと、
それこそどう言ってやればいいんかねぇと、
お兄ちゃんの側まで、困ってしまうから大変で。

 “仄めかしも例えばも、
  通じないこと多かりしな奴だもんなぁ。”

とはいえ、ずばりという言い方も何だとも思う。
だってきっと、弟くんはまだ、
自分の抱いた微妙な気持ちの種類に気づいてないらしいから。

 なので、今は

 「何をトンチンカンなこと言い出すかな。」
 「うう。」

信号が変わったのでと車を出しつつ、
ちょっぴり呆れたような声を張り上げてから、

 「お前、そういうややこしい気遣いは苦手なんだろうによ。」
 「けどさぁ。」
 「まあ聞けや。」

今度はストンと声が低まる。
日頃はルフィと似たような、それは伸びやかな声だのに、
こんな風に落ち着くと、
不思議と先を聞きたくなるよな声をしている兄なので。

 「…うん。」

今もまた、素直に頷く弟なのへ、
にっぱしと笑った年嵩なお兄さんは、

 「年上も目上も関係なく、
  誰が相手でもタメグチ利いてる奴だろが。」

それが“ですます”だと? 一体何のプレイだそりゃ…と。
いやいや、そこまでは言っちゃあないけれど。
そのっくらいに“らしくねぇ”ぞと言いたいのは、
どうやら伝わったらしくって。
黙ったまんま、先を促すのへふふんと笑うと、

 「何だか垣根越しみたいな構われようなのが、
  どうにも こそばゆい相手がいるんなら、
  その垣根を取っ払やいいんじゃね?」

 「え?」

だからよ、
お前ってのは大雑把で細かいことを気にしねぇ奴だけど。
礼儀正しいとか行儀がいいのって、
悪いことじゃねぇってのもよくよく判ってるもんだから、

 「そういう奴にそんな堅苦しいのやめろって、
  なかなか言えねぇんじゃね?」

 「………っ☆」

口をつけかけてたペットボトルが一時停止したほどに、
お見事な図星ってやつだったようで。
そうこうするうち、車は彼らのバイト先、
スーパーのバックヤード前まで到着したもんで。

 「俺のありがたい話はここまでな。」
 「う、あ、えっと。うん、ありがとな。」

まだ少々ぼんやりしたまま、
それでも軽トラの助手席からぽよんと降り立った弟を見送って。
今日はこのまま午前中の売り場担当のはずだけど、
それまでにしっかり目ぇ覚ませるんかねぇと。
バックヤードの事務所や更衣室が近い、
裏口から入って行くのを一応見守ってやった兄上だったが。

 “そもそも、喩えが間違ってるよな。”

エースに年下の嫁が来たらとか何とか言ってたが、

 “正しくは、ルフィが俺より年上の嫁を貰って、
  その嫁が俺へ敬語を使いの、
  お兄さんを立てなければなんて、
  いちいち生真面目に言って聞かねぇとしたら、
  それってどう思う? こそばゆくねぇか? じゃねぇのかね。”

先に来ていたトラックが、積んでた荷を下ろし終えたの見計らい、
ギアを操作し、ゆったりと発進しかかって。
だが、すぐ間際を通り過ぎ掛けた人物へ、

 「なあ、お前だってそう思うよな。」

突然に、そんな切れっ端だけを訊いたエースであり。
何がどうという部分をまるきり言って貰わなかったものだから、

 「…………何の話っすか?」

あのルフィとは2つかそこいらしか違わぬはずだのに、
もうすっかりと精悍な面差しをした彼が、だが。
その御面相をキョトンとさせてしまったのも、
まあ無理はなかったろうけれど。
ほんの半年ほどという、
あっと言う間にあのやんちゃ坊主の関心を独占している、
胸に向こう傷のあるお兄さんへ、
何でもないさと苦笑をし、
ますますのこと、煙に撒いてやったのも、
思えば…かわいい弟を惑わしていることへの
ささやかな意趣返し。
そんな青年がキョトンとしている姿へ目がけ、

 「…あっ、ゾロ。早いなっ!」

バックヤードから飛び出すなり、
にこぱぁっと、そりゃあいいお顔をした弟くんの、
打って変わって元気なお声がかかったりした日にゃあ。


  温厚なお兄さんがそのうちどう変わるものか、
  数カ月後とか、想像するのも恐ろしい……。
(こらこら)






   〜Fine〜  2010.11.08.


  *もしかして判りにくいかもですが、
   以前にリクエストいただいて書かせてもらいました、
  『先輩ルフィと後輩ゾロ』の続き…みたいな代物です。

  *ウチではお初の“下克上もの”になるかなと思われたのですが、
   その後もネタとしては なかなか発展しませんで。
   割と丁寧な口利きで、態度も微妙に目下なゾロというと、
   実は既に“捕物帖”の坊様がおりましたので、
   それでかぶってしまってて、
   お話を閃きにくいのかなとか思ったりしてたのですが。
   ……ルフィってどういう方向で気にかける方かなと、
   原点へ戻ってみたらこうなりました。
   早く踏み出さんか、二人とも。
(苦笑)

めるふぉ 置きましたvv めーるふぉーむvv

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